フィルタリング
メールの「フィルタ」の話を書いたので、なにやら尻取り話のようだが「フィルタ」の話。
今日(9月3日)の朝日の社説に「ネット犯罪」新たな脅威に備えようとういのがあった。その中で「有害サイトを排除するソフトを家庭に普及させる」という一文がある。この類の話はだれでも納得しそうである。しかし、社会的影響力がそれなりにある言論人が簡単にいうことだろうか?
まず、誰が「有害」か「無害」かを決めるのですか?それはさておき、基本的にwebというものが分かっていない。
以下レッシグの「CODE」の受け売りだが、ものごと規制するには、1)法律、2)慣習、3)市場、4)アーキテクチャの4つがある。タバコを規制しようとすれば、法律で禁止する、禁煙教育をやる、極端に高くする、吸っても害のないタバコを作るである。「有害なサイトを排除する」はアーキテクチャによる規制である。
このアーキテクチャには基本的に二つの類型がある。一つは「フィルタリング」であり、もう一つが「ゾーニング」である。ゾーニングとは例えば「18歳未満立ち入り禁止」のような看板があって、そのものの存在は見えている。しかし、あるフィルタにかけられてしまうと、その存在そものがなくなってしまう。実社会で、あれはあって欲しくないと誰かが思っても、その存在を人間の目にみえないようにすることはできない(塀でかこっても塀はみえる)。ところがwebの世界ではこれは簡単だ。なぜならそれはすべて「CODE」の書き方で決まってしまうからだ。
ここで有害か無害かは誰が決めるのですか?という話だが、これはソフトを作ったCODEで決まってしまう。CODE(プログラム)が法律となってしまうのだ。
こんな話に興味のある方はレッシグの「CODE」をお読みください。というより社会的な影響力のある人には是非読んでもらいたい本だ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4881359932
